11月

散歩中、近所にある蕎麦屋さんの窓にふと目をやるとそこには"年越し蕎麦受付中"と張り出されていた。

 

「もうそんな時期か。」

 

今年は去年に比べてより一層過ぎ去っていくのが早かったように感じる。

であれば、来年は今年よりもすごいスピードで走り去っていくのではないだろうかという言いようのない不安に駆られる。

走り去っていかれては問題である。ともに走れば少しは今年より長くも感じるのではないだろうか。

 

歳を増すごとに時間の感覚が早くなる原因のひとつとして新しいことを経験していないことが巷では挙げられる。

新しい経験をしていないことが、何故、その要因足るのかは脳外科医の先生にでも聞いてみてほしい。

 

でも確かにそうなのではないかと感覚的には感じる。

今年、いくつ新しいことをしただろうか。

数えるほどであることはたしかだ。

 

けれども思い返せば今年1年楽しい日々も多かった。(もちろん、辛い日、落ちる日もある。。。)

一方で、その楽しい日々は過去からアップデートされているだろうかと質問されると私の場合は「NO」である。

 

過去の楽しかった日々、楽しかった友達との会話、遊び方。

すべて記憶に新しく、それをもう一回したい、再現したい、体験したい。

という思いが多かったような気がする。

 

それはあまり上手くいかない。

と、私は私の経験則から知っている。

常にアップデートすることが必要なのである。

「あの時のあれがしたい!!」と思って産み出されるのは「あの時のあれ」には及ばないが嫌いではない何かでしかないかと思われる。

 

ただ、再現しようともがいた自分は褒めてやりたい。

話を戻すと、これをさらにアップデートしていくことそれこそが、大人として新しい経験をするということなのではないだろうか。

 

子供のように全く新しいモノに触れるというのは少々、困難なことは想像に難くない。

一方で、アップデートであればどうだろうか。

できそうではないだろうか。

 

その先に、まだ見ぬ、私の追い求めている「何か」があればなおラッキーである。

最近は眠い。とりあえず早寝から始めよう。

そして早く起きて、また何かしよう。