プライド

(文章の書き方に統一感がないなぁ、、、と、書き終えた後に気がつきました。まぁ、良いかと言った感じです。)

 

プライドが曲げられないとかそんな使い方されますが、そもそも曲げる、曲げないとかで議論されるものなんですかね。
わかんないです。

プライドって多分考え方のことなんですよね。
自分の考え方を変えようとしない、悪く言えば意固地になってるみたいなこと。良く言えばこだわりが強い。
そしてそんな性質を持っている人をきっとプライドが高いって言うんですかね。
僕はそんな気がします。

では冒頭に書いたように、プライドを考え方に言い換えると「考え方を曲げる、曲げない」と言うことになります。
なんだか違和感が残ります。
だからプライド自身も曲げる、曲げないで議論するわけではないと思うんです。

詰まるところ「自分の考え方を曲られない」ではなく「人の考え方を受け入れられない」という風に考えた方がわかりやすいかと。
だから意固地は「意」織が凝り「固」まって「地」面から離れない。とでも言うのでしょうか。

よくプライドは捨てた方がいいなんて言われたりもしますが、僕はそうは思いません。そうではなく、プライド(自分の考え方)は持ち得たまま、人のプライド(他人の考え方)を受け入れられるような人になることが高尚な考えだと思います。
捨てることなんてやろうと思えば簡単でしょうから。考えもせず諦めればいいだけですから。
人と自分の考えの相違に驚き、喜び、苛つき、そしてそれについて考え抜くことに人間らしさがありそうです。

まぁプライドを訳せば「誇り」になるのだからそもそも当たり前かもしれませんが、僕自身、よく忘れがちなのでここに記します